それで終わる気がします

今日はちょっと長いです。

以前、たとえばすごい事故を起こしている

一般大衆車があって

中に汚いおっさんが乗ってて

ケーキの箱が助手席で開いちゃって

中からケーキが潰れて出てきているっていう状況は

涙が止まらない

なんてことを書いたと思うんです。

このおっさん汚いけど誰かに食べさせてあげたくて

きっと誰かのなにかの記念日で

その人には対して好かれているわけでもないんだけど

そのケーキには想いが詰まっている

なのに、もうすぐ辿り着くのに

ここで想いが途絶えてしまったっていうね。

これ助手席でつぶれているのが食べ物だと悲しいっていう結論になったんです。

ではどんな状況でも食べ物だと悲しいのか。

おばあさんが運転している車がぺしゃんこになってて

助手席に栗がナイロン袋からドサーっとこぼれていたとしましょう。

これは今どこか公園で拾ってきて今夜湯がいて食べようと思ってたんですよ。

息子夫婦も東京へ出て行ってしまって孫には1年に1度しか会えない。

一人で炊事洗濯してもうだんだん寒くなってきたな

そうだ、栗食べよう、おいしいよね

そんな感じで栗拾ってきたのに、もう2キロ走れば家でお湯を沸かしてたのに

暴走するゴキブリみたいなアウディに突っ込まれてしまうんですよ。

ああ悲しい。

つまり食べ物は調理していなくても悲しいのか。

ではそのゴキブリみたいなアウディの助手席に

サーロインステーキ1キロとトランプの原型がゴロンと転がっていたら。

どうなんでしょう。


道混むやないけこのボケが!!


で終わる気がします。

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